【全人代を読み解く】①対日政策 〜苦しい中国 と 石破政権の失策〜

・全人代恒例の王毅外相会見
・「日中関係を改善したい」が「甘い顔も見せたくない」という会見
・中国政府の苦しさと石破政権の失敗が浮き彫りに

 
 5日、王毅外相が会見で 今年は日本メディアの質問に答えた。

 王毅外相の会見での発言は去年とは大きく異なった。一言で言うと日本に対して「関係改善を進めたいが、甘い顔もしたくない(する必要がない)」という姿勢が表れた。それは中国の置かれている状況が苦しいこと、そして石破政権が出だしから外交政策を間違えていることから来ている。

「関係改善」の姿勢

 王毅外相は、去年の会見では日本メディアからの質問さえ受けつけず、関係改善の姿勢など皆無だった。今年は日本メディアからの質問に答え、「両国の各界が往来を強め、国民感情が改善することを歓迎する」と発言した。12月に岩屋外相が訪中し2月には日本の財界の訪中団が訪中、3月下旬には王毅氏本人が日中韓の外相会議で訪日予定だ。全体として日本との関係を改善しアメリカから引き離し、中国に引き寄せておく必要性を感じていることがわかる。

 これは第1期トランプ政権時に日本を甘く見た反省から来ている。日本の安倍総理がトランプ大統領に中国を警戒すべきだと吹き込み続け、トランプ氏がどんどんと対中強硬姿勢になっていった、という中国側の「総括」がある。「自由で開かれたインド太平洋」というキーワードは安倍政権の発案であり今や「対中包囲網」を意味する世界的な隠語の様な存在だ。その土台としてのクアッドを立ち上げたのも安倍政権の功績だ。中国はそれに反発しながらどんどんと苦しい立場に追いやられていったのだ。

 アメリカとの良好なそして対等な関係を築き、それによってアジアでの覇権を広げるという思惑は大きな壁にぶつかることになった。こうしたことから2期目のトランプ政権を迎えて、中国は日本がアメリカをさらに対中強硬に走らせない様にしなければならないと考えているのだ。あわよくば日本にアメリカを説得させて対中政策を柔軟にさせたい。これが「対日関係を改善したい」という部分である。

「甘い顔を見せたくない、が、見せる必要もない」

 では「甘い顔をしたくない」とはどういうことか。これは一つには、中国国内の問題がある。経済の悪化や就職難による生活苦への中国国民の不満は高まっている。さらに江沢民主席以降、ことあるごとに歴史問題や尖閣問題などを挙げて日本を批判し愛国心を煽ってきた。それによって国民の不満のはけ口とし、指導部への求心力を高めることに利用してきた。しかしその結果、共産党指導部自体が、その愛国的な世論に配慮しなければならない状況になった。経済への不満がさらにその沸点を下げることになっている。

 領空侵犯で事実上の謝罪をし、あれほど国民の反発をかき立てた水産物まで「問題なし」と受け入れれば「弱腰」と受け止められかねない。だから王毅氏は会見で「軍国主義という誤った道を繰り返さないことは、日本が常に怠ってはならない義務だ」「日本は平和憲法の精神を厳守し、平和発展の道を歩み続けなければならない」と述べたのだ。これでは誰も「弱腰」とは思わない。日本の防衛力強化を牽制するとともに上から目線で発言することで中国政府は日本に対して優位に立っていること、さらに自らを「日本に説教をする立派な政治家」だと演出することを狙っている。日本を懐柔し引き寄せたいができるだけ厳しい姿勢も見せたい、というのが中国側の思惑だ。

 しかし、これはあくまでも向こうの都合であって日本が付き合う必要はない。苦しく、擦り寄ってきているのは向こうなのだから外交としては足元を見て、「さっさと水産物への規制を撤廃しろ」「尖閣の領海・接続水域に入るな」「ブイを撤去しろ」と要求をすべきだった。こんなチャンスは滅多にないのだ。

 拙速な訪中

 岩屋氏の訪中があまりにも安易だった。中国はトランプ氏の大統領選での勝利を受けて身構えた。慌ててオーストラリア、カナダ、日本、韓国と立て続けに悪化していた関係の改善を進めようとしていた。関係の悪化は構造的なもので表面を取り繕っても長続きするものではない。しかし今の中国は長期的な外交戦略は描けていない。トランプ政権によってアメリカとの関係は悪化する、だから他の国とは関係改善して対米外交の選択の幅を広げたい、といういわば付け焼き刃の窮余の策だった。

 日本には去年8月のY-9 情報収集機による領空侵犯を「気流による不可抗力であり技術的問題で侵入の意図はなかった」と説明し、再発防止に努めるとした。いわばパイロットの技量不足という軍の責任を認めることで幕引きを図った。さらに日本人の短期滞在ビザ免除を再開し、関係を改善したい姿勢を表した。

 逆の対応をしてしまった石破政権

 これで石破政権はあっさりと岩屋外相の訪中を決めてしまうのだがあまりにも拙速だった。尖閣諸島周辺の日本のEEZにブイが設置されたままであり、12月の訪中直前には与那国島南方の日本のEEZにさらに新たなブイも設置されていた。そうした状況でノコノコと外相が訪中したことの意味は大きい。

 中国メディアは「日本がすり寄ってきた」と報道

 中国メディア各紙では「なぜ今、日本が中国にすり寄ってきているのか」という論説が踊った。「トランプ政権からの圧力に身構える日本が中国にすり寄ってきている」というまるであべこべの受け止めがされているのだ。日本との関係改善はすすめたいが、可能ならなるべく強い姿勢を維持したまま実現したい、と考えている相手に自ら寄っていってしまった。中国にとっては甘い顔をする「必要がない」という願ってもない状況になったのである。

 全人代での王毅会見からは、中国の置かれた厳しい国内・国際環境と、石破政権がのっけからこの千載一遇の機会を逃す愚を犯したことがはっきりと浮かび上がっている。